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武蔵野独り暮らし、日々雑感。
懐かしのフォークソングに、山本コータローとウィークエンドの『岬めぐり』という名曲がある。 もちろんぼくも大好きで、銭湯などでほかに人がいないときなど、女湯の迷惑かえりみず、大声を張り上げて詠唱している。もちろん、カラオケでも十八番だ。 その『岬めぐり』だが、つい最近Wikipediaだか何だかで、 「三浦半島がモチーフ」 だと知って少なからず驚愕した。 もちろん三浦半島も好きな場所なのだが、ぼくの中ではちょっと違う。 ♪岬めぐりのぉ バスはぁ走るぅ 窓にぃ広がるぅ 青いぃ海をぉ かなしみぃ深くぅ 胸にぃ沈めぇたらぁ この旅ぃ終えぇてぇ まちにぃ帰ろう ——というフレーズなどでぼくの胸に去来するのは、『岬めぐり』が大ヒットした昭和49(1974)年より少し前に、毎年のように“ぼくのなつやすみ”を過ごした伊豆半島——分けても「西伊豆」と呼ばれる地域だからだ。 沼津から、土肥温泉の辺り。 以前のエントリ「冒険ダンチ期」でも綴ったが、ぼくが少年期を過ごした公団の団地は、昭和40年代当時は「今長屋」であり、各家庭が人情味に溢れた交わりをもっていた。 で、我が家が最も懇意にしていただいていたのが「Nさん」で、そのNさんの遠縁が土肥温泉で民宿をやっていたために、ぼくが小学校二年生から四年生までの計3回、我が家もそれに同行させていただたのである。 約一週間から10日程度。 親戚縁者のほとんどが東京かその周辺にしかいなかった我が家にとって、これは実にありがたいことだった。海と、蝉とりと、麦わら帽子と、昼寝……絵に描いたような夏休み。 また、当時の土肥温泉は「銭の花の色は清らかに白い。だが蕾は血がにじんだように赤く、その香りは汗の匂いがする」というフレーズでお馴染み(?)の土肥温泉を舞台としたドラマ『細うで繁盛記』が大ヒットしていた時期でもあり、町興しで大いに盛り上がっていた。或る年のお祭りには主演の新珠三千代さんもいらっしゃり、ぼくも握手なんぞさせてもらった記憶がある。穿っていえば「ひなびた温泉地」がテレビというメディアの影響でどのようになるかということを当時目の当たりにしたことは、現在のぼくの興味や活動にも大きな位置を占めていると思う。 後年の伊豆大島数年も含め、Nさんには本当に素晴らしい体験をさせていただいたと思う。すでに鬼籍に入られたNのおじちゃん(猫キチガイ)含め、ここであらためて御礼申し上げたい。 さて、そういいながらも土肥をはじめ西伊豆には以来ずっとご無沙汰をしていたのだが、例年は鎌倉だの江ノ島だのの日帰りで済ましている我が社中の海水浴をさてどうするかという段になったとき、今年はせっかくだから西伊豆に泊まるというのはどうかという話になった。 候補地は、戸田《へだ》。沼津と土肥とのちょうど中ほどにある、小さな港町だ。 実はこの戸田には、少年時代のぼくはあまり縁が無かった。ただ、いつも利用していた沼津と土肥を結ぶフェリーが時より立ち寄る港の、その「ヘンな読み」はひどく印象に残っていて、西伊豆に長くご無沙汰している間も、何かにつけてその、良くいえば閑静、悪くいえば寂れた港の情景を思い出していた。 また最近になって戸田は駿河湾でとれる自然塩で町興しを図っており、テレビなどのメディアで取り上げられることも多くなってきた。そんな番組などを懐かしく観ていた憶えもあり、「じゃらん」などで調べてみるとなかなかリーズナブルに泊まれる——しかも旨いモンを鱈腹喰らえそうだ——ということで、じゃあ戸田で決まりということになったわけだ。 というわけで過ぐる7月27日。社中それぞれの外勤めの合間を縫って、東京駅より「特急のくせに各駅停車」の新幹線こだま号に乗って、いざ、まずは三島へと向かった次第。 蛇足ながら我が社中からは、実は八王子から横浜線を使い、新横浜駅から新幹線に乗ったほうがわずかながら早い。いやー、田舎感がいや増しますな(笑)。が、「やっぱ新幹線は東京駅からでしょう!」という共通認識のもと、東京駅から乗車することにしたわけだ。 ところで新幹線にはひさびさに乗ったが、いつから車内アナウンス前の曲が『トリブラの歌』……もとい『鉄道唱歌』じゃなくなったんですかっ!? 困るなー。 あともうひとつJRに苦言。何で東京駅でも車中でもどこでも、アルコールフリーの麦酒が置いてないのっ!? 今回含め我が社中ではよく「レール&レンタカー」を利用するのだが、降車してから運転する人のことも考えてください。ぷんすかぷん!! 閑話休題。 さすが青い光の超特急。あっという間に三島に着き、レンタカーを借り、まずは目指すは沼津港。ここで昼餉にようというわけだ。三島特産の鰻とどちらにしようか迷ったのだが、鰻は帰路に喰らうこととした。 開け放した窓から入る涼風を楽しみながら、ドライブすること約30分。沼津港へ。先に綴った少年時代の土肥行きは沼津からフェリーに乗ったのだが、記憶が有るような無いような…… とまれ咽喉はカラカラ、腹はペコペコ。とりもなおさず沼津魚市場へと。 あらかじめ「食べログ」で調べておいた『かもめ丸』に入り、キリンフリーでようやっと咽喉を潤し、「まぐろのえら焼き」とその名も「ぬまづ丼」とを注文。 いんやぁ〜! いきなり旨いっ!!\(ToT)/ 店舗限定の「まぐろのえら焼き」。ヱビスも置いていたのだが、呑めないのがツライとこ しらす、桜エビ、アジのたたきの「ぬまづ丼」。あとで知ったが『アド街』の沼津編で1位になったそうだ ぬまづ丼のえらいトコは、ごはんがアジの炊き込みごはんということだ 夜にまた大量の宿食をいただくことが予定されているというのに、ついついがぶがぶと呑んで喰らってしてしまいました!(笑) いやマジで『かもめ丸』さん、オススメです♪ というわけでいきなりの「ぶへーっ、食った食った!」のあと、市場をひと回り。残念ながら日程の関係で買えなかったがイルカの干し物(香味漬)なんかも売っていたりして、いかに流通が発達しようと体を持ってこないと得られない、食せないものがあるということはいいことだなとあらためて思う。 お土産用のイルカ香味漬。各国々や地方の食文化ってのは、やっぱ大事にしたいものだと思うわけですよねぼくは そんなこんなで沼津港でもっとゆっくりしたいところだが、まだまだ先は長い。駐車場に戻る途中、防波堤に上がり、遠く広がる駿河湾を眺めつつ、いよいよ記憶の中の岬めぐりへと胸を膨らませるかつての夏休み少年なのであったのだった。 波止場での片足上げは基本(笑)。つうか、胸よりも腹が膨らんでますな(爆) というわけでまだまだ続きを綴りたいところだが、残念ながら時間切れ。 この続きはまた次回エントリにて……って、ユラ浪漫の続きはちょっと待ってね(^_^;; PR
前エントリの続き——
TwitterのTL(タイムライン)が『となりのトトロ』で盛り上がっている中、つい先ほどまでテレビ大阪制作の名番組『和風総本家』の前々回分の録画を観ていた。 テーマは、「東京水辺物語」 そう。まさに今回の「ユラ浪漫」にぴったりのテーマで、その前々日に放送されたものなのでしっかり予習しておけばよかったなとも思ったのだが、しかしまた逆に復習という視点からも、これがまた実に面白かった。 何よりまず膝を叩いてよろこんでしまったのが、冒頭からいきなり隅田川の河口からの遡上がはじまったこと。 これぞまさに今回のユラ浪漫のメインイベントだったわけで、数日前に我と我が目で見たその風景がフネさんのやわらかいナレーションとともに映し出されるさまは、少しく感動的なものだった。 さて、昼餉のためにいったん築地場内で解散したぼくらは、午後の最も気温が上昇する時間に、浜離宮恩賜庭園内にある水上バスの乗船場にて再度の待ち合わせをした。 時間的にすでに閑散としはじめた築地場内。その正門を出て浜離宮庭園へと向かう。 頭上には梅雨明けを告げる蒼穹が広がり、陽射しが容赦なく照りつける。 築地市場は朝が早いぶん、午後の早い時間には人影もまばらになる Twitter上で刻々とつぶやかれる仲間たちの「浜離宮なう」を確認しながら、汗をぬぐいつつ新大橋通りを歩くこと10分弱。豊かな緑に包まれ、水に囲まれた浜離宮庭園へ近づくと、それだけで涼しさを覚える。 浜離宮恩賜庭園の正門付近。林立するビル群の中の清涼な風景 入場料300円也を支払って浜離宮内へ。 東京都心部というのは実は以外と緑が多いものだが、ここもまたご他聞に漏れない。そして木陰の涼しさは特筆すべきで、生き返るというのはこのことだと、このときは園内に点在していた仲間たちの誰もが思ったことだろうと思う。 園内で栽培されている野菜だか花だかの畑。スプリンクラが涼しげだった そして園内を通過すること約5分で水上バスの乗船場へと到着。すでに仲間たちはみな集まっており、各々勝手に涼んでいる(笑) ここで合流という仲間たちも続々と到着し、あとは次に出航する水上バスの到着を待つばかり。 浜離宮庭園内の水上バス乗船場。向こうに見えているのはさっきまでいた築地市場 と、ここでにわかにUFO騒動が勃発!! 遙か上空を数機の小さく白銀の未確認飛行物体が飛んでいくのを数名が確認。残念ながら写真がうまく撮れなかったのだが、この時刻に同じようにUFOを目撃、写真撮影に成功したかたがいらしたら、ぜひ連絡いただきたい。 (ここは矢島正明先生の声でお願いします) が、UFOよりもみんなが大騒ぎしたのが、にゃんといってもこにょひと(はあと) ブラ浪漫のみんなって、本っ当に猫が好きだよな←人のこたぁいえにゃい(笑) といった感じでワイワイやっているところに、遠く汽笛が聞こえ、いそいそと仲間たちと列に並ぶ。 汽笛が聞こえてからしばらくたってもなかなか姿を見せない水上バスに、 「音はすれども姿は見えず——」 「まるでアナタは——」 「屁のようだ!!」 などと最後をユニゾンしながら馬鹿笑いをしているところに、ようやっと到着。 さていよいよ大川(隅田川)下り&上りがはじまるわけだが、残念ながら今宵はこれにて時間切れ。 次回をおたのしみにね♪
前エントリの続き——
というわけで関東が梅雨明けしたとのちに宣言された過ぐる7月17日。 ブラ浪漫の夏休みスペシャルたる「ユラ浪漫」が開催された。 まずは世界最大の魚市場たる「築地」に集合。 この“場内”にて、おのおの昼餉を楽しもうという趣向。 いうまでもなくひとクチに築地市場といっても、大きく「場内」と「場外」に分けられる。 前者は実際に水揚げやセリそして仲買いが行われる場所で、いわばプロの場所。そして後者はそこに付随した、一般人も手軽に築地価格と品質で商品を入手できる“商店街”と考えてよい。もちろん、厳密に規定できるものではないが、まあそんな感じだ。 築地の顔のひとつ。「場外」への入り口。 で、上記のように「場外」は比較的ふいっと寄っても十分楽しめる場所なのだが、「場内」となるとさすがにある程度の案内者が必要となる。 むろん昨今は外国人観光客も含めた築地場内ツアーなどもかまびすしく行われているわけだが、まあここはいかにも我らがブラ浪漫っぽくいきたいなと思ったわけだ。皆さんが興味を持ってくだされば各々また機会はいくらでもあるだろうし、まずはちょっと中に入り、場内ならではの昼餉を楽しんでいただければと。 というわけで四半世紀前にこの場内で蒟蒻や湯葉などの配達のアルバイトをしていたというぼくの杵柄をいかし、皆さんを案内することにした次第。ま、我田引水ってやつですな。 実は場内のコアな部分はやはりそれなりの覚悟を以て見学するなりなんなりが必要なのだが、その外郭にある飲食店街は、比較的容易に楽しむことが出来る。市場北の「海幸橋《かいこうばし》門」という市場の裏手——場外との繋ぎ目でもあるのだが——からエントリして遠慮がち(笑)に歩けば、それこそグルメ本などにも紹介されるような各店舗に至ることが出来る。 ぼくは、このことをみんなに伝えたかった。 立ち並ぶ飲食店の中にはかの吉野家——ぼくは例のBSE問題への対応の酷さ以降、頑として行ってないのだが——の最初の店舗などもある。 『吉野家』最初の店舗。明治38年創業。 さて、そんなわけでひとあたり場内の飲食店街のロケーションを説明し、 「ではあとは皆さん適宜昼餉を召し上がって、あとは浜離宮に集合しましょう」 ということになったわけだ(笑) いわゆるオフ会としてはあるまじきハナシかもしれんが、皆さんそれぞれに懐事情もあるだろう。せっかく築地場内を訪ったのだから五千円超の握りをいただきたいかたもいるだろうし、五百円程度でさらりと済ませたいかたもいるだろう。 そして、何よりもそうした「幅」をおおらかに包んでくれる懐の深さがこの築地にあることを、ぼくは知っている。 というわけでいったん解散。ぼくと数名は、『天房』さんの天丼などをいただくことになった。 「場内」の各名店たちの中でも、比較的すんなり入れる天丼/天ぷらの『天房』さん。 築地=寿司に惑わされてると損しますよ(笑) こっ、れっ、がっ、またっ、美味かったのなんの!! 『天房』さんには以前も入ったことがあるのだが、数日前から頭ン中が穴子丼一色になっていたぼくにとって、もう、無情のよろこびってやつ(笑) 以下に、同席の皆さんの注文含め、大公開しちゃいましょうかねえ♪ 天丼(1,200円) 上天丼(1,400円) アナゴと芝エビの天丼+メゴチ(1,800円)←俺が注文したヤツ いかにも江戸前の甘いタレに山椒がまたたまらくてですねえ…… というわけでとりあえず我らが「ユラ浪漫」の皮切りに大満足した次第。個人的にはTwitterでおなじみの、 「ぶへーっ、食った食った!」 ってヤツ(笑) (ちなみにいうとこのつぶやきは、質・量ともに大満足のときのみのもの) ……それぞれの皆さんがどういった昼餉を楽しんだか取材不足でここで細かくは語れないが、まあおおむね満足されたとの由。 うれしい話だ。 さてそうしてこのあと大川=隅田川を遡上する水上バスに乗るべく約束の地「浜離宮恩賜公園」に向かったわけだが、そのことはまた別途。 刮目して待て!(笑)
今年2010年の初頭から、「ブラ浪漫」というイベントを定期的に開催している。
まあ何となく、ぼくが中心となって。 件のTwitterにハマって半年あまり。 当時ぼくが“フォローしている”かたの多くがNHKの番組『ブラタモリ』に熱烈な興味を示していた。 で、いわゆるコメント(ReplyやReTweetなど)の応酬も熱を帯びてきたために、 「じゃあ、みんなで『まち歩き』でもしましょうよ。専用のTwitterアカウントも作りますから」 なんていう——毎度おなじみの(笑)——思いつきがきっかけだったように思う。 それが、bura_roman。 ありがたいことに多くのかたがこのアカウントをフォローしてくださり、気がつけば今年の1月に「第1回 本郷編」を開催していた。 べつだん本郷でなくてもよかったのだが、まずは“言い出しっぺ”としてのぼくの馴染みの界隈を、参加者の皆さんに我と我が言葉にて紹介したほうが、ネットで集まった——概ね、互いに面識の無い——皆さんの心を開けるだろうと思ったからだ。 この試みは概ね成功し、お茶の水ニコライ堂の前辺りから始まり本郷三丁目で終わったブラ(散歩)のあとに入った本郷菊坂の居酒屋で“一次会”が6時間にも及んだことを、ぼくは生涯忘れないだろう。「まち歩き」という限定的興味・知的好奇心にて集まったかたがたにせよ、他の部分でも重なるベクトルがあるらしく、話題は多岐に拡がり、麗しい時間となった模様だ。 (ついでながらこのことは、これから語りたい「第4回」でも連綿と受け継がれている様子。毎度皆さんに迷惑かけまくりの某言い出しっぺ=アルチューノ・ランボウというバカはともかくw) さて、とりあえず好評を博した「ブラ浪漫」は、“プチ”と称する小さなイベントを挟みつつ、これまで5回開催された。 「正編」とぼくらが呼ぶものは「地形とその情景を辿る」もの。 第1回「お茶の水・湯島・本郷」(1月)、第2回「小石川・千石辺り」(3月)、第3回「茗荷谷・水道・小日向・神楽坂」(5月)。 (都度、ホスト/ホステスになってくださった皆さんに感謝) そしていわゆる“プチ”。 「建設中の東京スカイツリーを見る『押上・業平橋』」(2月)、「未だ残る商店街と江戸の花見場所を体感する『駒込〜飛鳥山公園』」(4月) ときどきに、素敵な想い出が満載だ。 ありがたいなと思うのは、参加者が固着していないこと。 そりゃ皆さん個々の生活なり何なりのスケジュールというのがあるわけだから——ほとんどぼく都合で組まれる——“その日”に参加できるとは限らない。臍を噛んでいるかたが少なくないことは理解しているし申し訳ないとも思っているが、そこはご容赦いただきたい。 肝心なのはそれでもかつ、 「参加してよかった」 という声が毎度聞かれることだ。こんなうれしいことはない。 “中心者”が真っ先にぐだぐだ酔っ払い様々なご迷惑を皆さんにおかけしていることは理解しているが(^_^;;、まあ最終的にぼくを排除してでも、継続的にあってほしい「オフ会」だなと、ぼくは考えている。 (無責任ですが、皆さんの繋がりのほうが麗しい) さ、閑話休題《それはともかく》……って、長いですねすみません。 過ぐる7月17日。 その「ブラ浪漫」の第4回が開催された。 ブラ浪漫(正編)はなんとなく二ヶ月という期間を置いた「奇数月」に開催されるべきだろうと考えていたぼくだけど、さすがに7月の梅雨明けするかしないかの時節にみんなで数時間もまち歩きをするのはいかがなものかと思い、さてどうしたものかと考えていた。 (このことは5月段階で参加者の皆さんに語った) が、いろいろ考えると、(これはぼくの勝手な解釈だが)我らがブラ浪漫の面々ってのはやっぱり「水の風景」ってのが好きなんだろうなと。 江戸から高度成長期前の東京が持っていた水の風景、水の都《みやこ》——このことはぼく自身が最近こだわっている横浜下町に我田引水してるのだけど——そんなことを考えた。 で、世界に冠たる水産物の水揚げ場「築地」で昼餉をたのしみ、江戸からの親水場である「浜離宮恩賜公園」で集合し、みんなで大川=隅田川を遡上し、大川の賜=浅草で呑んだくれる——ってのはいいかなと思ったワケだ。夏だし。 称して、「ユラ浪漫」 正直フタを開けるまではどうなるかと思ったけれども、たとえば築地、たとえば浜離宮、たとえば浅草といった集合場所が分散している「ぬるさ」感——それはつまり、Twitterに通じるか——が功を奏したのかもしれない。い〜い感じで皆さん集まってくださり、たのしい時間を過ごしてくださった様子(もちろん、一部バカのへべれけ云々……つまり俺は除く) そんなこんなで梅雨明けだったらしい7月17日の想い出については、長くなりそうなのでまた別途エントリ。 (根性無しですんまそん) |
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