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武蔵野独り暮らし、日々雑感。
 前のエントリの追記で『サモア島の歌』のYouTube動画を発見して、何度も聴いてるわけだ。
 いやもう、ポロポロ涙しながら。

 まあね、別段この曲はいわゆる泣く曲ではない。表層的にはのんびりした“南洋”の曲だ。
 が、やっぱり泣ける。
 ただの懐かしさだけでなく。

 で、どうして泣けるんだろうと考えたんだが、やっぱ先のエントリの追記のキャプションにもちょっと綴ったが、
「船出を祝い 無事を祈る」
 なんだろうな。
 ここだなと。

 同曲の日本語歌詞は基本的にずっとのんびりした南洋の島の雰囲気を歌っている。
「青い青い空だよ 雲の無い空だよ サモアの島常夏だよ」から始まり、「風が吹く 静かな海 鳥が飛ぶ飛ぶ波間をゆく」
 ここまではいい。

 が、ラストのワンフレーズで「無事を祈る」と来る。「船出を祝い」ながら。

 このことはその生活——たぶん漁だろう——が、“命がけ”ってことを表していることだと思う。この曲全体にある一種の寂寥感ってのは、このラストのワンフレーズのためにあるのではないかとさえ思う。

 漁師の言葉に「(船)板一枚下は地獄」というのがあると聞く。
 逆に大漁の際の“うまみ”もあるだろうからその辺りはいわゆる自己責任ってなもんだろうが、やっぱ「命を懸ける仕事」ってのはぐっとくるものがある。
 ましてかのビキニ含めフランス領タヒチの漁師たちの忸怩たる思い云々を想像する時に、それとはまた別かもしれないがこの『サモア島の歌』は、やっぱひしひしと心に迫るものがある。
 蛇足ながら俺はガキの頃から“島の子”で“海の子”で海の美しさも空の美しさも知ったと同時にその恐ろしさも知っているからこそ、この曲にふるふるするのかもしんない。

 船出を祝い、無事を祈る。

 いわゆる南洋系の歌にはなべてそれが感じられるのだけれども、『サモア島の歌』にも、一種の哀しみとか諦めとか、だからこその太陽と海とに託す明るさみたいなものが感じられる。
 それはきっと、沖縄とか伊豆諸島、小笠原についてもそうだろう。

 政治/経済/外交については「島の問題」は色々とややこしいモンがあるだろうなと思うけれども、少なくとも“その心象”に思いを馳せるってだけでも門外漢としては悪くないことじゃないかなあと、俺なんか思う次第。要は、きっかけ。

 そういう意味でもね、俺は『みんなのうた』含む音楽たちに、無限の感謝を捧げる次第。芸術は勝つ。


 ……というわけで一刻も早く南洋の浜辺での〜んびりマイクロビキニのおねいさんたちを眺めて暮らす日々を送りたいものだね(笑)

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