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武蔵野独り暮らし、日々雑感。
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 というわけでMacBook Airを抱えて喫茶「ルノアール」なうなわけだが、ニッポン放送の特番『サザエさんのオールナイトニッポン』をうっかりradiko.jpで聴き始めてしまい、まったく仕事が手に付かなくなっております皆さんこんばんは。

 放送開始当初から変わらずサザエさんの声をアテている「加藤みどり」さまをパーソナリティに迎えての今回のサザエさんスペシャルなわけだが、スポンサーが東芝の単冠であるのがなんとも嬉しい。

 日曜18:30からの〝本放送〟が複数スポンサー提供になってからもう四半世紀以上になると記憶しているが、その当時、世も末だなあと思ったものだ。やっぱせめて日曜日の夜ぐらいは単冠スポンサーの番組が並んでないとねえ。牛乳石鹸とかロート製薬とかカルピスとか味の素とか日立とか。

 でまあこの数年俺はサザエさんを視てはいないのだが、ツイッターを始めとするネットでの言葉を見るに、昨今は磯野/フグ田家の家電製品についての云々が色々とかまびすしいようだ。

 曰く、いつまでも黒電話であるとかテレビがどうとか。

 そこでちょっと毎度おなじみガキの時分の思い出話なのだが、実は磯野/フグ田家の家電製品が古臭いものとなったのは、それこそやはりこの四半世紀ほどのことかと思われる。

 というのも実は俺がガキの時分を過ごした団地内の電器店さんが「東芝のお店」であり、これまた懐かしい松本零士御大による『光速エスパー』のラッキーゴッド(店頭人形)と共に、東芝製品は俺にとって最も身近なものだったからだ。しかも何というかウチはそれなりに当時は裕福で電器製品はボンボンたる俺の言いなりだったので(笑)、そのサザエさんの中で流れるCMで紹介される製品のほとんどがウチに導入されていたんだよね。で、磯野/フグ田家にもまったく同じ東芝の新製品が都度つどで導入されていたと。

 製氷機能がある冷蔵庫『北斗星』とかクーラー『木かげ』とか「ブラックストライプ」のテレビとか、少なくとも昭和40年代に磯野/フグ田家に導入されていた家電のほとんどがウチにあったというわけ。

 その後、俺が色気づいた頃からはラジカセやテレビなどは俺ら世代のご多分に漏れずソニーに走ったわけだが、相変わらず白物は東芝だったな。で、引っ越しをしてからは近くの電器店が今度はナショナル(松下電器産業)だったんで、そちらが増えた。いまでも独り暮らしのオフクロのウチは、そのお店のよしみで電器製品のほとんどはパナソニック製品だね。iPad以外は(笑)

 そんなわけで取り急ぎ、仕事も手に付かないんでブログエントリなどを綴ってみた。

 この辺りのハナシはまた、別途掘り下げてみたいものだな。

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 ところでひさびさに新宿末廣亭に行ってしあわせな時間を過ごしたその日、〝10月5日〟といえば忘れられない日付だ。

 いうまでもなく俺が心からの愛を込めて「ジョブたん」と呼称するところのSteven Paul Jobs——スティーブ・ジョブズの命日。

 日本的な言い方をすれば三回忌。天界が彼の類稀な発想力と実行力を欲して連れ去ってしまってから、もう丸2年にもなる。嗚呼ジョブたん、かなしいよ本当に。
 ただ今年の、先にも綴ったような勝手にシンドカッタを超えて今日という日を迎えられることができ、そして腹の底から笑うことが出来たその日がジョブたんの命日であったということには何かの因縁を感じないでもないし、また感謝するところでもある。

 さて、その早世(と言っていいだろう)から以降、iPhoneやiPadの一般への認知と普及もあってにわかに注目されたジョブたんだが、どうもその知られかた、喧伝のされかたが、俺の愛するジョブたんとは異なるように思えてならない。
 曰くカリスマであり、独裁的であるといった言説だ。

 それはもちろん間違ってはいない。いないがしかし、これもまたにわかに注目されたスタンフォード大学のスピーチ「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」ばかりではないジョブたんを、俺はもっともっと広く知ってもらいたいのだ。いわゆる〝怖い人〟ではないジョブたん。

 ジョブたんの生涯とその人となりについては俺が幾万の言葉を連ねるよりも伝記や伝記マンガなどをお読みいただければと思うわけだが、本稿では以下の二つの、俺がとても大好きなジョブたんの考え方と言葉を紹介したい。意訳および概略になるが。

 まず、自ら創業したApple社を追われる少し前、Macintosh誕生前夜にあたる1983年にとあるインタビューで「コンピュータとは何か」という質問に対してのジョブたんの回答。

 科学雑誌で動物の移動効率についての研究論文を読んだのだが、トップはコンドルで人間は下位に属する。しかし自転車に乗った人間は、コンドルの倍の移動効率を見せた。コンピュータは「知の自転車」であるべきだと思う。

 偉そうに綴ってはいるものの俺もこの発言を知ったのはジョブたん逝去からあとだったのだが、これは震えた。
 何といっても喩えが「自転車」なのがいい。自動車でも汽車・電車でも飛行機でも、ましてやロケットでもないところ。つまるところ人力で、しかし幾何学的な工夫だけで動物としての運動能力や効率性がぐんとアップする自転車——自身が肉体を使っているということと、そしてまた風や剥き出しの風景を感じることができる自転車を例としてコンピュータを語れる人は、当時ほとんどいなかった筈だ。
 これは余談だが秋にジョブたんが亡くなったその年、西暦2012年の春まだ浅き頃、我が国はというか世界は、史上最大規模の「エネルギー災害」に遭遇した。
 いうまでもなく、フクシマである。
 もちろんMacもiPhoneもiPadもiTunes StoreもApp StoreもiCloudも、ジョブたんが作り上げたものは電力を消費する。がしかし上記のジョブたん発言から30年を経てコンピュータはより消費電力を抑えしかし高性能で使いやすいものとなった。発言当時主流だった大型汎用コンピュータやせいぜいが5インチのフロッピーディスクが先進的だったパーソナル・コンピュータと、iPhoneを較べてみるとよい。そしてジョブたん存命中から計画がありもうじき完成するはずの新しいAppleの本社は、太陽光発電を基本としている。こと電力ということ一つをとっても、ジョブたんは数々の自己矛盾と焦燥感の中で、しかし有り得べき姿を模索し続けたのだろうと思う。よくネットで冗談めかして語られたように、ジョブたんがまだまだ活躍していれば、俺は「iHatsuden」さえ生み出していたのではないかと夢想する。

 そしてもう一つ。
 これこそが俺の「ジョブたん好き好きの最高潮」となったのが、iPad発表会のラストを飾った言葉だ。

 AppleのDNAは、テクノロジとリベラル・アーツの交点にある。

 ここでテクノロジ(技術)と対で引用された「リベラル・アーツ」に驚いた俺はあらためてWikipediaなどを紐解いてみたのだが、そもそもが古代ギリシアに起源を持つ近代的な学問であるという。
「自由七科」とも呼称され、また日本語の「藝術」の語源ともされるそれはつまり「人を自由にする学問」であり、それを学ぶことで非奴隷たる自由人としての教養が身につくものであるという。穿って言えば、奴隷解放のための学問だ。
 泣いたね、俺は。
 のちに振り返ればすでに晩年、当時はまだ公にはされていなかったが全身を病魔に蝕まれ痩せ細ったジョブたんから語られたこの「技術と藝術の交点」は、俺のこれまでの生涯の中でもトップクラスで好きな言葉だ。

 ヒトは元来、自由でなければならない。
 その自由のために、常に技術と藝術との交歓を胸に置いて56年という短い生涯を駆け抜けたジョブたん。ジョブたんはけっして世界征服を企む技術だけの悪魔であるところのショッカーではなく、人間の自由のためにショッカーと闘った〝風の戦士〟仮面ライダーだったのだろうと思う。

 1997年のジョブたん復帰後、そして彼亡きあともまたそうなのだが、Apple Inc.のコマーシャルやプロモーションビデオは、主に「人の笑顔」を描いている。ただの、技術のための技術の会社ではないのだ。
 Apple製品という「知の自転車」を得ることで、自分の本当にやりたいことの前に自由になり、笑顔になる人々。そんなものを見たいという思いが、Appleの製品とサービスにはある。
(ウィルスチェックやセキュリティ・アップデートに翻弄されることが仕事ではなくねw) 

 いみじくもその翌日から再放送が始まったNHK連続テレビ小説『ちりとてちん』における落語の重要な一節、
「その道中の、陽気なこと!」
 ではないが、苦しくも真面目に、しかし楽しく生きていきたいものだと、あらためて俺自身の寄席の復活ともなった10月5日という日に考えた次第だ。

「あした世界が滅ぶとも、きょう林檎の樹を植える」——伝マルチン・ルター

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 というわけで前エントリに続き、ひさびさに寄席に行ったハナシ。

 今年の始めにちょっと筆舌に尽くし難い苦難があってまあそれはなんとか乗り切って今日があってそこらへんはもうだいじょうぶマイ・フレンドなのだけど、凄いものでニンゲン、そういう時にはまったく笑わなくなるものなんだよね。どんなに落語をはじめとする笑いが好きで、ふだんは「笑いは苦難を乗り越えるものだ」なんてしたり顔で言っていたりしても。
 でまあここに至って以前にも増しての笑いを取り戻したり寄席なんぞにも出かけてみようかという気になったのは、自分で苦難を乗り越えようという努力であるとか戦いであるとかがあっての賜物だもの人間だものみつをと俺は本当に自負するし自分で自分を褒めてやりたいと思っているのだが、そうした自助努力と同時にまた大事なもの……いや、感謝するものたちがある。

 それが、藝術と友情だ。

 前者で言えば、今回は自身の復活の流れの中で出会った物語たちがあった。
『風立ちぬ』『夫婦善哉』そして『あまちゃん』。
 この三作品に復活し始めた初夏から盛夏そして秋口に到る中で出会え、時間を共に過ごせたことはとても大きい。今年の夏というか今年という——おそらくは俺にとって最大の試練の年——を象徴する作品たちだと言っても過言ではない。どれだけの泪と洟を流したかしらない。大袈裟ではなく、俺は俺の後半生をこの作品たちのように生きるべきだと思い決意した。
(こうしてまたブログを1年半以上ぶりに復活させようと思ったのも、これらの影響があると言っていい)

 そして後者。
 上記の物語たちともまた二重螺旋を描くように現実においても俺が救われた人々などは数限りなくて本当に皆に感謝なのだが、それらの交歓の中で分けても感謝したいのが、とある二組の夫婦。
 かたや出会いでありこなたますますの深みの発見であるのだが、どちらにも共通して言えることは、ベクトルが似ているということだ。その生活《くらし》も、愉悦《たのしみ》も。
 蛇足ながら双方ともあくまでも〝俺〟が媒介であり互いに世界に在るわけではないのだが、それぞれとの交歓の中で俺にとってどちらもこの上なく大切な存在であると考えたし、すべてを語ろうと思い伝えた。そしてどちらもちゃあんと俺を受けとめてくれてまた俺もまた——たぶん——それぞれの夫婦にとって大切なヒトとしてのポジションを獲得出来たと考えている。

 だから、今回の俺の「寄席復活』において、東の夫婦と西の夫婦双方に、声をかけた。
 これがまた、どちらも落語には一家言ある夫婦でねえ(笑)

 そんなわけで末廣亭入り前からの伊勢丹デパ地下での食料買いだしと昼餉、そして昼席中入り前から末廣亭入りして夜席のハネまでという強行軍にも付き合えてもらえたし(尻が痛くなりましたなあご同輩)、また十分以上に寄席を楽しんでもらえ、かつまたそのあとのおそ松人数での飲みでもまた、互いに馬鹿ァ言い合って腹がよじれて死ぬかという時間を過ごしましたさ。

 俺は幸せ者だと思う。俺は負けない、おめいらの友情が俺を支えているからだウルトラの星光る時(笑)

 ありがとう。ぜひ今後ともよろしくな!!

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日付を二つ跨いで既に一昨日の話になってしまったが、ひさしぶりに寄席に行った。
 新宿末廣亭10月上席。同じ末廣亭に昨年10月2日に行ったのが直近だから、約1年ぶりの寄席ということになる。

 いやあ、やっぱり寄席はいいですね。

「落語を聴く」ということでいえば上記よりあとにも独演会や落語会などにいくつか通ったし無論CDやTVでも〝経験〟はしているわけだが、やはり寄席には寄席ならではの空気と魅力がある。ベンヤミン的に言えば「アウラ」が違うんだな。俺もそんなに数を経験しているわけでもないので偉そうなことは言えないが、やはり落語と演芸は寄席を〝体感〟してナンボだろうと思う。
 さらに昨年を思い出して「ああそういえば」と思い出したのだが、この時期は「新真打の披露興行」に当る。今回もまた図らずも〝あの〟川柳川柳師匠の唯一の弟子である川柳つくし師匠の真打披露《おひろめ》に当り、その華やいだ雰囲気に身も心も幸福感に満たされたというわけだ。実を言えば俺にとって落語のライヴ——つまり生で聴くのも今年は初めてだったのだが、その〝復活〟がこのような形でもたらされたのは、大袈裟ではなく「生きてて良かった」と思わせてくれるものだった。
 様々なものたちに、感謝なのである。

 その詳細はまたのちに譲るとして、今回ひさびさの寄席行きを末廣亭10月上席夜と決めたのは、そのウェブサイトを見て出演が豪華だなこりゃと思ったからだ。
 ことに中入り前の川柳川柳と柳亭市馬の両師匠の名前と、そして〝交代出演〟でひょっとすると柳家小三治師匠かもしれないということ。小三治はとどのつまり叶わなかったが他にも錚々たる面々が名を連ねていて、我が寄席復活に相応しいと思ったことがある。
 そして更にまったくこれが寄席の醍醐味というか蓋を開けてみなければわからないというかなのだが、上記で語った新真打披露興行の時期のタイミングというわちゃわちゃ(笑)が俺にとって素晴しい結果をもたらしてくれた。これがまたどうにも、ね。

 正直なところ今回の主任《トリ》である川柳つくし師匠についてはお名前も存じ上げなったし、そも事前にウェブで調べていた際に「主任は交代出演」ということで目的ではなかった。現地入りして初めてああ真打披露興行なのだなと気づいたほどでつくし師匠には振り返ってみて申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、俺にとって川柳と市馬の名前が並んでいるだけで〝復活〟は十分だった。ことに落語といえば『笑点』かせめても新春特番ぐらいしか思いつかない人々にとっては馴染が無いだろうが、両師匠ともにまあ知っとかなきゃ駄目でしょうという重鎮であり、俺は双方ともに主任興行や独演会にわざわざ行ったほどに敬愛する噺家だ。

 で、その二人が名を連ねる「夜席」が始まり、前座そして二つ目(古今亭志ん吉)が終わって次に最初の色物の際、本来の出演予定であった手品のアサダ二世さんではなく擬声漫談のひびきわたるさんが出演出てきて「おや?」と思い、さらにその次を迎えて俺は得心した。
 本来は俺もBS-TBS『落語研究会』で何度か拝見している桃月庵白酒師匠の筈なのにやけに細い白酒師匠が出てきたなと思ってよく見たら、なんとこれまた大好きで応援もしている若手真打の成長株である柳家三三師匠!……続けて三遊亭白鳥の筈が入船亭扇辰師匠というわけでやたら「代演」が多い。ははぁん東京四大寄席(浅草演芸ホール、鈴本演芸場、池袋演芸場、そして末廣亭)での真打披露興行の持ち回りで出演者がわちゃわちゃになってるなと(笑)。ああ本当に俺はいま独演会とかではなくて寄席にいるのだなあと、そのアウラ感にしみじみと嬉しくなり始めたわけだ。
 続けてこれもまた目的の一つであったすず風にゃん子・金魚の毎度お馴染な元気一杯のステージで爆笑し初音亭左橋師匠の口演を聴いて、そのあとにまたぶっとんだのなんの!
 本来は柳家喬太郎師匠の筈が「めくり」に表示されたのは『菊之丞』!……そう、我らが古今亭菊之丞師匠なのだった!!

 もうね、死ぬかと思った。

 菊之丞師匠といえばこれもまた詳細は別途だが、当日同席した「鴻池の猫」たる〝東の義理の弟夫妻〟と様々な思い出がある噺家だ。なんか当日足を運ぶ前から出演予定に名前は連ねてはいなかったがなんとなく師匠は聴けるんじゃねえかなあという予感はしていたんだが(それをフォースという)、まさか本当に聴けるとは。しかも約1年ぶりに出会ったその芸『親子酒』はますます精進を重ねたのだろう。『目黒のさんま』ではないが今この現在この年齢の菊之丞でしか聴けないだろうという脂の乗り切った口演で、いろんな意味で全俺が泣いた。けっして大袈裟ではなくね。
 続けてハナには間に合わなかったのだろうがこの時間には出演できるようになったのだろうアサダ二世さんの控えめな手品(林家ぺーの代演。それはそれで観たかった)を経て、お楽しみの川柳師匠『ガーコン』!——いつもより歌が多く嬉しそうだったな。やっぱり愛する愛弟子たるつくしの真打披露がたまらなく嬉しかったのだろうエロ爺さん(笑)。俺もガーコン歴はそう多くはないが、これまで聴いた中で一番素敵なガーコンだったな。師匠、いつまでもお元気で反骨で。
 そして中入り前の市馬師匠。地口《ダジャレ》系の噺ながら、さすがの貫録と空気を読む感じ。軽く演じながらも本興行の華やぎ寿ぎをきっちりと踏まえてばぁっと盛り上げて、かつぐぐぐいっと次の真打披露《おひろめ》へと座を盛り上げる——俺の大好きな四文字熟語で言えば「一座建立」を作り上げる感はもう、舌を巻くしかない。歌ったし(笑)。昼席で演じた六代目には申し訳ないが、早いトコ「小さん」を継いでくださいよまったく。つか、俺としては「市馬」が大名跡になってもまったくいいんですけど。

 ……というわけで(?)このあとのお披露目から何からまだまだ綴りたいことはたくさんあるだが、とりあえずほぼ1年半ぶりのエントリは、眠いし頭も回らなくなってきたし酒も切れそうなんで(笑)まずはここまで。
 
 ちゃんと続けるつもりなんで、次を刮目して待て!!

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 前エントリ(→)で後期高齢者後期のオフクロのiPadとの奮闘記を綴り、好評を博した。

 で、あれからオフクロはメールについては概ね習得するに至り、ここ数週間は俺とは電話よりもメールで近況等をやりとりすることが多くなった。
 また、現在米国留学中の孫(俺の上の娘)ともメールのやりとりをするようになり、齢86歳にしてケータイも含めたところの人生初メール生活を満喫しているというわけだ。
 さすが、下総の国、東葛の小原糸子(笑)

 ところが今朝、俺が外勤めの仕事に入る直前にひさびさにiPhoneに電話着信があった。
 よほどのことかと思い折り返したところ、
「メールが使えなくなった。また、青空文庫のアプリが無くなった」
 との由。

 で、幸いにしてお世話になっているヘルパーさんが午後に様子を見にきてくださるとのことだったのでとりあえず進捗を見守っていたところ、15時頃にメールが入った。
 つまりメールについては無事に復旧した証左だったわけだが、青空文庫アプリだけはどうしても見つからないとの記載。
 なので急ぎオフクロに電話連絡を取り、ヘルパーさんに代わってもらいiOSの検索機能を使って青空文庫アプリ=i文庫HDを探してもらったのだが、やはり完全に消失した模様。
 経緯を確認したのだが、どうやら昨日オフクロの家の屋根の修繕の見積もりにやってきた懇意の大工さんがiPadに興味を示し23時過ぎまでいじり倒してたらしいのだが、どうやらその中でi文庫HDを消してしまったらしい。
 はあ、こりゃこりゃ……

 もちろんiOSアプリのこととて再ダウンロードをすればいいわけなのだが、アプリのダウンロードはまだ“あえて”教えていないし、i文庫HDは俺のアカウントで購入したものだ。いかに懇意のヘルパーさんが協力してくださる可能性があるとはいえ、そうそう再ダウンロードのためのパスワードを教えるわけにはいかない。

 そんなわけできょうから地獄の5連勤という最高のタイミング(涙)ということもあり逡巡したのだが、とどのつまり他の日に動くよりはきょうしかないだろうというわけで、外勤め終了後に遠路はるばる武蔵野線ぐるり等々を利用して顔を出し、各種の面倒を見て、つい先ほど帰還したわけだ。

 いやー、疲れた。あした休みてえ(笑)

 まあこれが他のアプリだったら数日待ってもらうこともありだったわけだが、よりにもよって消失したのが「i文庫HD」だったというのが最大の問題。
 何せ前エントリでも綴ったように昭和の大文学少女だった彼女は本当にi文庫HDで気軽に読める青空文庫を大いに気に入っており、すでに多くの作家たちの作品群を読破したらしい。ひょっとするとi文庫HDのヘビーユーザ100選に入るかもしれない(笑)

 というわけでここで青空文庫が読めなくなることでiPadへの興味が薄れてしまっちゃ困るということで、俺も老体に鞭打って出かけた次第。老老介護林檎版(笑)

 とまれ無事i文庫HD復帰。ばあさん、大喜びの巻。
 ついでにiOS5.1へのアップデートも済ませたわけだが、おかげでIIJmio高速モバイル/Dの今月のバンドルクーポンが風前の灯だ(´・_・`)

 まあしかしこんなことでも無い限りは足が遠のきがちなので、とりあえず喜ぶ顔を見られてよかったかなと。やれメールだSNSだつったところで、顔を合わせるにまさるものはないからねえ。
 次はウェブの活用をレクチャ予定。

 そして各種作業をしながら昨今の世情などについてもまたいろいろと語らったのだが、まあ世の中つらいことや考えなければならないこと、また闘わなければならないことも多々あるものの、そういうときに鬱《ふさ》ぎがちな心を救ってくれるのがやっぱり文学なり芸術だよね、と。

「風立ちぬ。いざ生きめやも」

 図らずも両者の口から同時に出た堀辰雄の一節にがっしりと握手をして、武蔵野のサンダーバードは颯爽と秘密基地への帰路についたのだった。

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