武蔵野独り暮らし、日々雑感。
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外勤めちうなのだが比較的ヒマで、「恵方巻」についての雑談に花が咲いている。

あらためていうまでもなく、関東など大方の地域の人間にとっては節分に恵方巻というのはここ数年で初めて見知ったものであって、今年もまたTwitterやFacebookなどでも多くの人がスーパーやコンビニなどの戦略であると言葉にしている。
それもまたここ数年の、節分の風物詩(笑)

実際に仕掛けたのは海苔の業者らしいのだが、どうあれ俺は「暦おたく」なので(笑)、まあ面白がって喰らうことにしている。

で、そもそもの起源はというハナシ。

もちろん諸説あるわけだが、いま現在のWikipediaの冒頭に記されているのが愉快だ。

曰く、
「大阪船橋の旦那衆が遊女に太巻きをくわえさせるわいせつなお大尽遊びを始まりとする説」
いやー、これが真説であってほしい(笑)

とまれ、皆さんに福多かれかし。


明日は立春。

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 というわけで、最寄りのTSUTAYA店舗で貸し出し中だったのが戻ったタイミングをウェブで確認して、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のオリジナル・サウンドトラックアルバム(O.S.T.)を借りてきた。

 さっそくiTunesにAppleロスレスで読み込みiPhoneに入れて聴いたのだが、いやもう駄目だ。4曲目の『Amapola《アマポーラ》で、すでに涙腺決壊(ToT)

 あらためて、い〜い、曲だなあ……(T^T)(T^T)(T^T)

 既にしてスタンダード・ナンバーだったこの曲を劇中のライトモチーフとして採用したセルジオ・レオーネ監督と、見事に編曲したエンリオ・モリコーネ最強!!
(ちなみに俺は同映画の予告編でこの曲に心臓を鷲掴みにされて以来ずっと大好きで、様々なバリエーションをコレクションしている)

 で、同映画の他の曲も含め、どうにもこうにも洋画O.S.T.の“ノスタルジア系”のオリジナル・サントラを集めたプレイリストを作らないと死んでしまうと思い、急きょ、
「洋画ノスタルジア」
 というスマートプレイリストを作った次第。こんな時間に(笑)

 まず該当としたのは、同じモリコーネの『ニュー・シネマ・パラダイス』と、バート・バカラックの『明日に向かって撃て!』そしてスコット・ジョップリン/マーヴィン・ハムリッシュの『スティング』。まあこの辺りはテッパンだろう。
 さらに加えて作品舞台の時代・年代的なものとして、『雨に唄えば』『イースター・パレード』『カサブランカ』『炎のランナー』『お熱いのがお好き』なども加えた。あと、ちょっと変則ながら『ショーシャンクの空に』『未来世紀ブラジル』そして『オリエント急行殺人事件』も。
 もちろん愛するコール・ポーターが外せるわけもなく、『地中海殺人事件』『五線譜のラブレター De-Lovely』なんかも加えた。

 上記すべてが必ずしもノスタルジアというわけでもないしまた作品によっては台詞だけのチャプタもあったりするのだが、そこはまあ後で編集すればいいし俺がノスタルジアを感じるものであればいいやと。
 とりあえずいまこのエントリを記しながら同プレイリストをシャッフル再生してるのだが、かなりい〜い感じだ♪( ´▽`)

 いやしかしこうなると、もっともっとそれ系のO.S.T.を揃えたくなっちゃうなあ。

 たとえばモリコーネの「ドル箱三部作」、『荒野の用心棒』『夕日のガンマン』そして『続・夕日のガンマン』などは主題曲は有名で映画音楽ベスト云々といったオムニバス等ではわりと入手しやすいのだが、O.S.Tとなるといかがなものか。チャップリン作品などもをや。
 この辺りが、映画/サントラ好きの悩ましいトコ(笑)。ま、追々ね。


 ところでワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカでのアマポーラ——ことにジェニファー“少女”コネリー(彼女のデビュー作)の踊る場面は、何度観ても発狂しそうなまでに可愛らしく美しい。
 映画史に残る、大名場面だと思う。



 またキンキンケロンパに、あらためて最初からじっくり観直したいな『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』


 ……というわけで同プレイリストをナイトキャップに蓐《シトネ》へと。

 おやすみんこちゃん( ´▽`)ノ

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 今宵もiPhoneとJawbone JAMBOXをジップロックに入れて、「映画音楽」プレイリストをQuick Mixで聴きながら風呂なう


ジップロックと湯気越しにつき
曇ってるのはご愛嬌


 はああ、極楽/\♪( ´▽`)


 つか、湯船と洗い場との温度差が激しい(>_<)

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 本放送は外勤め中だったのでちゃんと観られなかったNHKスペシャル、
『ヒューマン なぜ人間になれたのか▽第2集 グレートジャーニーの果てに』(→)
 の再放送をいま観ている。

 無っ茶苦茶、面白いこれ!!

 現在のところ学術上は別種とされている我らホモ・サピエンスとネアンデルタール人との、それぞれの繁栄と滅亡との理由を道具——ことに「投擲具の発明」の有無という点からはじめて発展的に検証しているのだが、なるほどなあと思うことしきりだ。

 単なる狩猟の優位性というところから、ヒトとしての集団社会の維持と精神的な抑止力にも至る……いうまでもなく現代のICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)といった“究極の投擲具”などにも通じるものが語られている。
 同番組内のコーヒーサーバの実験も含め、いわば、
「恐怖・威圧で支配されること」
 を選んだが故にホモ・サピエンスは発展したかもしれないという投げかけ。

 また、武器の開発を始めとしてネアンデルタール人が少数人で集まって云々しているだけでとどのつまりそこで終わってしまったのに対し、ホモ・サピエンスは分散する大人数が互いにアイデアを出し合い、そしてまずは試してみて上手くいったものを各々が真似たから発展があった——すなわち、ネットワーク——という切り口もとてもいい。

 こういうの、凄く好きだ。

 次回の第三集では、俺にいわせれば“人類史初の環境破壊”たる「農耕」を取り上げるそうだ。

 どのように驚かせてくれるのか、楽しみな番組である。



 ……というわけで、『ブラタモリ▽国分寺 遺跡編』再放送なう。 

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 ここのところ、「総選挙」という言葉にはどうもいいイメージがない。

 このエントリの本題ではないのでまあ詳細はハショるが、総選挙ばっかりやってる秋葉原系の豚と、逆に一向に肝心の総選挙を実施しない永田町系の豚とによるものだとだけいっておこう(笑)

 で、それはともかく以下の総選挙とその結果は、たいへんによろこばしい。
「歴代カップヌードル復活総選挙」(→)

 スペクトルマンや帰ってきたウルトラマンさらに仮面ライダー、国内初のマクドナルド、明治の小枝や不二家ハートチョコレート、そして我らが旧作ルパンなどと同じ1971年生まれの日清カップヌードルの40周年を記念して昨年行われた歴代のカップヌードルの人気投票だったわけだが、そこで堂々の1位に輝いたのが、
「カップヌードル 天そば」
 だったというわけ。いやー、実に感慨深い。

 カップヌードルとしては2つ目の製品で、札幌冬季五輪とかあさま山荘事件とか旧作ルパンと俺との出会いがあった記念すべき1972年に誕生。
 後継たる、かの「日清どん兵衛」にその座を譲って1977年には生産中止となったために地味な印象はまぬがれず、俺は投票したのだが果たしてどこまで票を伸ばすかと危惧していたら予想を裏切る展開。Wikipediaなどによると、なんでも例によって伊集院光がこの幻(?)のカップヌードルを広く知らしめたらしく「食べてみたい」という興味からの票が集まったと見るべきだろうが、まあともかくもリアルタイムで喰らっていた者としては小躍りする結果だったのだった。

 俺だけかもしれないがこの「カップヌードル 天そば」が売られていた1970年代半ばというのはまだそんなにカップ麺が日常茶飯事に入り込んではおらず、変なハナシだがどちらかといえば「ハレ」の食い物だったように思う。これはマクドナルドなどのファストフードも同じ。
 なのでオリジナルのカップヌードルに輪をかけて喰らう機会の少なかった「天そば」ながら、これは旨いものだなと思った少年期の記憶がある。
 だからどん兵衛が登場した際にこりゃまた旨いと思った反面、気づいてみたら「天そば」がひそかに消えていった事には、何かこう、得も言われぬ寂寥感みたいなものを当時から感じていた。

 加えていえば、天そばに次いで1973年に発売された「カップヌードル カレー」が現在まで途切れることなくレギュラであり続けていることなども、その感情をいや増すものだ。
 俺は「カレー」はそんなに喰らうほうではないのだが、たまに喰らうとその度に、同じ頃に登場し先輩格でありながらもしかしいまは無い「天そば」を思い、それこそエンリオ・モリコーネの音楽を耳にした時と同じような、胸を掻きむしられるような感情に襲われ続けてきたものだったのだったのだった。

 そして35年(笑)

 総選挙の結果を踏まえ、このたび目出度く記念復活した「天そば」が売られていたので、さっそく買ってきた。

 そうそうこれこれ、このパッケージですよ!……っていま気づいたが「天そば=緑」ってのはマルちゃんで、日清の天そばは赤いのだが、当時は緑だったという逆説。
(つか、カップヌードルのオリジナルが赤だしなー)


「復活総選挙」のプリントがうざったいなー
まあこれが無いと当時のものとの区別がつかないのだろうけど


上から見た写真だと「どん兵衛 きつね」と大差ない

 熱湯を注ぎ、
「大五郎、三分間待つのだぞ」
 というのは同時代、四角い仁鶴が丸く収めるようになる遙か昔……遠い銀河系の彼方1973〜74年頃の、こちらはボンカレーのCM。

 できました。

 正確には憶えてないが、再現性は高いと思う。いやー、当時の香りがぷんぷんするわ。


天ぷらというよりもフリッターみたいな「謎天(©俺)」と
過剰なまでのシイタケとシュンギクの青臭さが渾然一体となった得も言われぬ香り
カップ麺倶楽部70's(笑)


 味も当時のそれにかなり近いと思う。
 そういえば俺、ガキの頃は極端に偏食でシイタケ大っ嫌いだった(いまは大好き)のだが、よくこれを喰らえたな。つか、このカップヌードルでシイタケを喰らえるようになったのかもしれない。


良くも悪くも当時の記憶にかなり近い味と香り
麺はイケませんねこりゃ(笑)


 というわけで懐かしい味を堪能。

 旨いかと問われたら「いやー……はっはっはっ」と苦笑いするしかない感じだが(笑)、たしかにこういうのが1970年代全体を覆う味だったよなあという感じ。食の安全性だとか本物指向だの(そしていわゆるグルメ指向)が社会の表層で語られはじめたは1980年代に入ってからであって、高度成長期とバブルとの間の1970年代は、こういう味が充ち満ちていた。
 レトルト食品やファストフード、そしてスナック菓子が登場し拡大していくのを自身の成長と平行してダイナミックに体験できたのは、その善し悪しはともかくとして、面白い時代に育ったなあとあらためて思う。

 そして同じカップヌードルの中だけでも、残るものと消えていったものとを比較してその理由を考えてみるというのもまた、面白そうだなあと思った次第。


 ところで「チキンヌードル」は復活しないんだろうか?

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