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武蔵野独り暮らし、日々雑感。
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4回シリーズで放送中の、表題のNHKスペシャルがとても面白い。 文字通り我ら「ホモ・サピエンス」が他の生物(ネアンデルタール人等の生物学的近隣種も含んで)と違い、何をして“現代の我々に到っているのか”を検証する、そんな番組。 ま、斜めに見るといかにも——ことに演出技法として『NHKスペシャル』的な——短絡や感動を導くような、恣意的で小賢しいモンも無くはないのだが、俺個人としてそういうのは大好きなので(笑)、まんまと感動しているわけだ。 (ほら、スペシャリストじゃないけどゼネラリストだから俺w) で、この「ヒューマン」がどうして俺をして感動させるかといえば、ヒト=ホモ・サピエンスとその20万年の歴史を多方面・多角的にとらまえて、専門分野のぐいぐいとしたアプローチを紹介し、かつ全体として俯瞰的に分析していて、かつわかりやすく表現しているから。 こういうの、すごく好きなんだよね。 かなり蛇足で、かつ昔からの俺のファン(笑)のかたにはミミタコのハナシをちょっと—— 俺はいまや色んな側面において歴史に詳しく、かつ、そのことを多角的に考え言葉に乗せられる人だと自負しているのだが—— 実質的には @buraroman の実散歩の中での俺の“喋り”に表れてると思う——そのきっかけとなったひとつの番組があった。 『46億年の100大ニュース』 1991年だか1992だか。フジテレビ(CX)系列の深夜枠で古舘伊知郎をナビゲータとして放送された6時間にわたるスペシャル番組だったのだが、これがもう本当に凄かった。 当時バブルの最後期で——いまから思うと慶長とか元禄とかそして文化/文政に似てるのかもだが——無尽蔵の経済繁栄の中で生まれた番組だが、俺がまず震えたのはそのコンセプト。 いわゆる教科書上で教わる歴史ではなく、 「“放送当時”のぼくら(笑)に最も影響を与えてる地球史の事件は何?」 というもの。 多細胞生物誕生とか酸素系生物とか農業の発明とか貨幣の発明とかバビロンの捕囚とか平均率とかなぜネクタイを締めるのかとかハワイがなぜいまハワイなのかとか第一京浜はなぜ生まれたのかとか……それが色んな表現で——ニュース方式だったりバラエティだったりクイズ番組だったり、トレンディドラマ(笑)だったりで紹介されていたのがまず凄かった。 ことに俺が目を見開いたのが、当時のフジテレビの女性アナウンサが、下北沢のそう広くない道路の真ん中に立って、 「私はいま、歴史的場所に立っています」 というパロディニュース。 西にマクドナルド、東に韓国焼肉屋。 つまり“人類史上最大の帝国”と言われるチンギスとかフビライとかの侵略が西周りでは東欧にまで達し、「生肉を喰らうのはドイツのハンブルグではそのまま食すのはやだなー。だから火を通そう……ハンブルグ風ステーキ……ハンバーグ」で、東としては元寇とか含め「生肉タタキ食文化」が伝わったと。 蛇足ながら、ハンバーグもユッケも、原初は同じってハナシ。 俺、この番組で西廻りと東廻りの食文化の同一性を知り、ウロコがぽろぽろ堕ちたもんだ。 閑話休題。 この、『46億年100大ニュース』に類する感動を、俺はこの『ヒューマン なぜ人間になれたのか』 に感じるわけだ。 兎にも角も、“視点が多角的”。凄く、大事。 先般、『ヒューマン なぜ人間になれたのか』第1回の再放送を観る機会を得、今宵また第3回を観たのだが、本当に、上記『46億年100大ニュース』に匹敵する、人生観を変えそうかもと思ったシークエンスがあった…… ……なのだけれども、知力・体力的にその“凄く大事なこと”を、いまこの状態でロジカルに言葉にする体力も知力もないな(笑) もとよりそのことを語りたいと思って綴ったエントリなのだけれども、まあいいや。とどのつまり「人、生きる。」だもの。 この続きは、キンキンケロンパに。 ♪重いコンダラ 試練の道を(中略)ドンとイケ、ヒト。 (細心の注意を以て) このエントリは、ちゃんと補完したいね。 PR
こ、これは凄いな……
次女・直子の覚醒と神戸の家含む千代お母ちゃん(おばあちゃん)の魅力再確認全開の木、金曜回だったわけだが、この土曜に来て長女・優子をこういう風に描くとは、まったく予想だにしなかった。 優子はこれまでいわば“嫌な子”、昨今の言いかたをすれば“痛いヤツ”として描かれて来た。優等生でそつなくありたいがための、結果としてのいわゆる「自己中」。そしてきょうも自己中全開でとどのつまり事無きを得たが妊婦のお客様を危険に晒してしまったわけだけれども、その前後含め「優子は駄目な子」という一方的なレッテルで終わらないところが素晴しい。 カーネーション節、炸裂。 ちゃあんと優子に仕事をまかせる母親/師匠スタンスの糸子とか事件後の昌ちゃんや恵さんのフォローとか、しかし良かったねで終わらせないところとか……いやまったくこういう作品はそうそう無いのではないだろうか。 (サックドレスや東京弁のハナシ含め、ちゃあんと吸収してるのもいい) 俺は、俺自身がおっちょこちょいな人生を送ってきたこともあるのだが、ことに最近、一方通行的なそして単視点からの価値観とか行動とかで物事を評価しちゃあかんなあと思いはじめている。ここに来て(笑) それが言い訳になってはいけないのだけれど、「人、生きる。」においては現実と理想とかの間の中で、色々とのたうちまわるものだ。何が是で何が非なのかなんて、本っ当にわからない。 モデルとなった実話はどうあれ、『カーネーション』は理想と現実との闘い——そして最終的に理想が勝つを描いているところが本当に素晴しいと思う。細心の丁寧さをもって。 八方美人でそつの無い、しかし自身の美意識に妥協のない優子のスタンスは、俺は痛いほどにわかる。人気者はつらいんだよ(笑)。つか、そういうもんをたかが15分の中できっちり描ききる渡辺あや脚本ってホントマジ凄い。 優子、頑張れ!! (直子も聡子も、そして糸子も)
本放送は外勤め中だったのでちゃんと観られなかったNHKスペシャル、
『ヒューマン なぜ人間になれたのか▽第2集 グレートジャーニーの果てに』(→) の再放送をいま観ている。 無っ茶苦茶、面白いこれ!! 現在のところ学術上は別種とされている我らホモ・サピエンスとネアンデルタール人との、それぞれの繁栄と滅亡との理由を道具——ことに「投擲具の発明」の有無という点からはじめて発展的に検証しているのだが、なるほどなあと思うことしきりだ。 単なる狩猟の優位性というところから、ヒトとしての集団社会の維持と精神的な抑止力にも至る……いうまでもなく現代のICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)といった“究極の投擲具”などにも通じるものが語られている。 同番組内のコーヒーサーバの実験も含め、いわば、 「恐怖・威圧で支配されること」 を選んだが故にホモ・サピエンスは発展したかもしれないという投げかけ。 また、武器の開発を始めとしてネアンデルタール人が少数人で集まって云々しているだけでとどのつまりそこで終わってしまったのに対し、ホモ・サピエンスは分散する大人数が互いにアイデアを出し合い、そしてまずは試してみて上手くいったものを各々が真似たから発展があった——すなわち、ネットワーク——という切り口もとてもいい。 こういうの、凄く好きだ。 次回の第三集では、俺にいわせれば“人類史初の環境破壊”たる「農耕」を取り上げるそうだ。 どのように驚かせてくれるのか、楽しみな番組である。 ……というわけで、『ブラタモリ▽国分寺 遺跡編』再放送なう。
いやー、長かったっすね。
今週の『カーネーション』(^^;) 糸子のモデルとなった小篠綾子さんの“もにょもにょエピソード”はドラマ放送開始直後に原作本を読んで知っていたものの、本作には珍しく何かこう歯切れが悪い展開で、正直なところ某善作……ちゃうちゃう、前作の轍を踏まないかとちょっと——いや、ちょっとだけョ——ドキドキしてたのだけど…… さすがの渡辺あや脚本、見事な締め!! (伏線含む) 細かく記しだすとキリがないのだが、あえてとどのつまりの素晴しさを俺なりに綴っちゃうと—— 徹頭徹尾、“糸子の剛腕ぶり”と“周防のへたれっぷり”を貫いた点 (苦笑《ニガワライ》) ——はもう、ホントお見事!! まあ何ちゅうかですねえ、俺がいうのもナンだけど、“ああいうシチュエーション(笑)”になると、野郎ってなぁ互いの年齢とか立場とか収入とか関係なく、たいがいが甘ったれ助になるもんです。(←をや?w) で、意外と——それをおくびにも出さず——打算的でみみっちい。(←をやをや??ww) さらにいえばご婦人が年齢等々関係なく潜在的に持つところの乙女心的ななんかもくすぐるのが——本人が気づいている/いないに関わらず——巧かったりしたりしてですねえ……(←をやをやをや???www) で、かてて加えて本作では糸子が何よりも仕事熱心で、ともかく稼ぐ。 そしてかつ、 「死んでしまいました」 に代表される彼女の心の奥深くにある穴。 (蛇足ながらあの台詞には具体的に詰問されたお父ちゃんや勝さんだけではなく、勘助や泰蔵兄ちゃんへの想いもあったに思う。だから合間に或る種の逆説でもあるところの奈津の結婚エピソードも挟まれたのだろう) そりゃ——意識する/しないに関わらず——つけこみますよ(笑) だからきょうのクライマックス回において周防が、 “イケメンでやさしいけど、とどのつまりダメンズ” として描かれたのは、さすが『カーネーション』だと思う次第。 (北村や組合長のダメンズっぷりもをや) あらためて考えると、本作は主人公の幼少時代から、「男社会・男的価値観が強かった時代」をどう超えるか/超えてきたかを——時に野郎どものへたれっぷりを愛しつつ——描いてるわけで、いやあ、ブレてないなと。 また同時にダメンズたちばかりでなく糸子(ご婦人)の側にも考えにゃならんトコは多々あるわけで、その辺りのフラットさもまたいい。 (史実には描かれていない恵さんのキャラなんかは、緩衝材・乳化剤として生み出されたのだろう) 「ダメだこりゃ©いかりや」がわかっていながらもずるずるとなる人の心とか営みとか、そうした辺りを丁寧に描いているからこそ、本作は大上段に女性上位を口角泡を飛ばして語ったり、某文教・お受験区(笑)に実在する『男女平等センター』なる滑稽な施設よりも、もっともっと次元が高く説得力があるなあと。 観る側が色々と考えるところが本作品の最大の魅力。 戦争という個人ではどうしようもない外的暴力よりも或る意味でもっと難しい己《オノレ》の心と愛の闘いを超えた糸子が、来週以降またどうなっていくのか、とても楽しみだ。 |
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